毎日がささやかに楽しみになるものができた。毎日youtubeで更新される

ジャルジャルのネタのタネ。


幾つか見るとわかりますが、単なるボツネタというよりかは、以前みてきたジャルジャルのコントネタの萌芽をそこにみることができる面白さがあって、最近のヒットになってます。

一番好きなのはこれ。

ふつうにめちゃくちゃ笑えるのに、着地点の凄み。田中が、この世界のどこかにいるかもしれないという実存感が帯びていてすごい。

これも好き。

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ラニチョビの先週の新作は、リアルタイムなロケで生み出される即興ボツ企画のオムニバスで珍作。実験的で挑戦的で先鋭的なフェイク・バラエティ。や・さ・い。はい、天国・地獄・大地獄~♪、あぁ~っ!


Aマッソといえば、このコントが新境地で面白く観た。

ニューヨークの偏見漫才が可愛く見えるほどの偏見漫才。これが〈世論〉である。しかし、加納さん、ゴッドタンの腐り芸人を経由して今回のこれ。ずっと葛藤と模索があるんだろうな...。マスへの苦しみ。だからこそ〈世論〉で殺していくこのコントの説得力。こんなアティチュードをみせるAマッソには一生ついていく。

 

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漫画は、新井英樹の『ひとのこ』1巻を読む。

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世界の具体性と、人生の目的、解答、価値を求める人間を痛烈にアイロニカルに描き、世界一の大富豪と制御不能の狂人という鏡像を通して分断し揺れる全ての二項対立を融解し呑み込んでゆく凄まじき訴求力をもった怪作。世界は「ごっこ」でてきた認識、単なる暇つぶし。これこそ、ノンシャランの最果て。彼岸は愛か、なんなのか...。

ディティールは一昔前(たとえばSNS描写)で、4年前に出ていたら震撼しただろうなあ。なんにせよ、桂正和にせよ、新井英樹にしろ、岡崎京子にしろ80-90'世代の映像リバイバルと、クロスオーバーでの再興が起こってきていて、目が離せない。

 

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音楽はエヴリシング・イズ・レコーデッド、フィックル・フレンズ、さとうもか、ヨギー・ニュー・ウェーブスを特に聴いていた。

EVERYTHING IS RECORDED BY RICHARD RUSSELL [限定輸入盤LP(イエロー・ヴァイナル)](XL883LPE) [Analog]

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  • アーティスト: EVERYTHING IS RECORDED,エヴリシング・イズ・レコーデッド
  • 出版社/メーカー: XL RECORDINGS
  • 発売日: 2018/02/16
  • メディア: LP Record
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ルークウォーム

ルークウォーム

 
SPRING CAVE e.p. (初回限定盤)

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 エヴリシング・イズ・レコーデッドに関してはサンファが絡む全てが最高。他にイベイー、カマシ、シドも絡んでて(デーモン・アルバーンやマーク・ロンソン、ブライアン・イーノ!?オーウェン・パレットまで絡んでいる!)、コラボレーションアルバムとしては超充実している。スタジオ・セッションからスポットライトへ、を果たしたリチャード・ラッセル。〈XL〉の集大成のひとつと惹句されるのも頷ける。なかでもショー・ラブが一番のお気に入りで、シドのパートに嘆息する。ミキサーに貼られたマスキングテープにリリックって、堪らないミュージック・ヴィデオ。

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入江陽プロデュースのさとうもかのアルバムは傑作。サウンドクラウンドでポコポコアップされるものたまに聴いてたので、フルアルバムは、結構待望であります。

鶴岡龍はどうぶつの森とたけけかよな、最低な日曜日がハイライトで、

涙の数だけ強くなんかなれない

パンチラインに痺れる...。

少女の日々の醒めた機微、脱力したソングライティング...。ベッド・ルームの箱庭で生み出されたオールディーズでアコースティックでジャジーなクラシック・ポップスでありながら、入江氏の多彩なアレンジメントの豊かさは、清新性を纏っていて必聴。ソウル。

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ヨギーのブルーアイド・ソウルな新作は、もうずっと聴いていた。ブルーミン・デイズ。メジャーシーンの移行を感じさせる射程距離の広い親密なリリックでありながら、WAVES以降の彼らの音楽が一段階先で昇華されている。孤独な夜...この世界の終わり...残ったものは、傍にあったものは?...花束をあげよう/女神にそっと手紙を書いて祈るーーーポパイ顔負けのリリックに酔いしれやがります。「Boyish」とのセットが春を予感させて、季節的にもバッチリ決まった一枚。サンセットタウンepみたいなアナログが待たれます。

マクガフィンでのショーユアルームとセットに。

"みんなのものになりたい"というか 

なんかこう今まで"あなたのもの"だったものが

"みんなのもの"になるみたいなのが すごく僕は望んでるっすね

こんな表明が色濃く出るであろう、次回作も楽しみ過ぎる。

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 新作映画はソフィア・コッポラ版の『ビガイルド』を。

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フレームの外では、大砲の重低音が響き、中では、庭の草本が生い茂り、大木が畝り、靄がたちこめる。そして、舞台を幽閉する鉄柵、そのロケーションの妙。キャラクターは、まるで南部の墓場に取り憑いた7匹のゴースト。彼女らは、女性性を超え魔性へ、セクシュアルの抑圧からの解放へ(ボタンの弾け飛び方!)ーー やがて、7本の蝋燭は女たちのこころの表象となり、妖しく画面を、歪んだ物語を、支配していく(そのうちの一本(すなわち一人)は手前の飾花と被っているのもミソ)。そこかしろに木洩れ陽として射す光は、外部と内部の境界を貫くが、あっという間に禍々しい光へと変貌を遂げ、サザンゴシック・スリラーの体型として全体を闇に染め上げる。クラシックなエンターテイメントがオリジナリティとアートフルなクリエイティブによって、新たなる視点を獲得したソフィア・コッポラのおとぎ話のような新開拓地。なかでも、フィルム・レンズでの撮影と自然光と物陰のコントラスト、フェニックスとは思えない背景で鳴っている音楽とのリエゾン、ここにおいてのクラシカルでモダンな表現にうっとり惑わされながら、ひっそりと毒を刺される。

〈水〉の象徴性に関しての論が読みたいな。

ユリイカのソフィア特集もチラホラ読みましたが無きでした。

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 旧作は『キートンの探偵学入門』。

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 全く色褪せることのない50分。綱渡りかのような緊張感をもたせるスピーディなアクションと編集に、ユーモアなスラップスティックとパワーアクションによって、緩和のリズムが刻まれる、素晴らしいアクション映画のグルーヴ感。最後のほうはもう、あれです、007じゃないですか?。なによりも、この映画が魅せる脳内での夢のロードショー、その断片的なシーンの飛躍にまずアイデアが溢れかえっているけれど、これまたその続きのロマンチックな風景に拍手を送ってしまう。

 

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ドラマは何周回かの遅れでanone6話。

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めちゃくちゃヘヴィになってきた。そのなかでもぐっと心に入ってくるのは、私が失くしたものや、落としたもの、どこかに忘れたものっていうのは、誰かが拾ってくれるかもしれないということで、顔も知らない他人が、血の繋がってもない他人が、そういった繋がりを持つかもしれない。そういう“親切”によって振動していくのがこの世界の単純な道理であり、今回の物語の本質なんじゃないか。ブルーミン・デイズ。それは、もう、絶対的な他人であっても、それは他人ではないという決定権と主導権の中であるなら、他人だと軽薄にカテゴライズしてはならない。それはあまりにも悲しい。それはあまりにも…。30年間積み上げたけどなにも持っていない。400億稼いだけどいまじゃ時給1000円。私の時給じゃ彼を救うのに100年、200年。数値化された時と資本が、心の隙間に闇を作る。わたしたちが見失っているもの、わたしたちが不信になっていること、きっと、誰かが見ている、誰かが教えてくれる。

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『ぼくは麻理のなか』は大団円で終わっていたのでは。

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家族や友達、果ては社会とわたし、あらゆる接合と繋がりをコントラストに、こういう顛末をたどらなければわたし達は出会うことも繋がることも無かったというあまりにも美しく尊いボーイミーツガール、マイノリティの緩やかな連帯を描いた作品としての視点がひとつ評価されるところでしょう。人格の喪失かと思われたそれは、人格の分裂であったこのストーリーは、行って帰るだけの構造はそのままに、行って“一緒に帰る”という構造に捻る。多人格は溶け合い、わたしの肉体にひとつになる。かれもかのじょも私、麻里なのだという受容の着地点に一寸の狂いも無い。名前を書く自覚としての演出もアイデンティティを形成するひとつ。原作も読みたいと思えた。

 

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恋は雨上がりのように』10話もこれまた素晴らしい。

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古本、栞、クローバー。刻まれた過去をイメージさせるモチーフの連鎖。原作の断片を見事に繋ぎ合わせている。そして現在地の幸福を象徴するクローバー。「あなたでよかった」が思い起こさせる。仲間と一緒に巣立っていけなかったツバメをモチーフに、それでも、この地点での、現在の幸せがあり、かつてのことを忘れる程いま夢中なことを謳う。諦めきれない上の空の日々に、誰かの言葉が、気づかせてくれることの描写は脚色の強み。「それでもいい」諦めきれなくていい。「好きでいるだけ(それだけじゃダメなの?)それでいい」。執着と、祈りにも似た何か。許される、救われる。そんな大層なことではないけれど、店長に取り憑いていたオブセッションが晴れやかに解かれていくシーンの響きに感動する。やがて、それはあきらにも波及するのだ。この作品のもつ懐の深さは、ほんとうに毎回驚かされる。葉書に書かれていたのは「忘れることのできないものは無理に忘れることはない」という一文であって、ここも、今回の一遍のトーンに連なっている。今があって昔を忘れてしまうこともあるし、今があって、昔を懐かしく思うこともある。それまでの雨宿りなのだ。

 『恋は雨上がりのように』原作は今日連載終了したらしいけれど、アニメも佳境だし、ほんとうに寂しくなるなぁ。