風邪をこじらせたので、籠ってる日はずっと、いろはに千鳥を見ていた。

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ずっと面白くて、ずっと見ていたいバラエティは、この時代に、いろはに千鳥しか無い...。

ダチョウ、ゴーカート、釣り堀、ゲームセンター...前も行った筈だし、前もやったこと、なのに、それを平気で更新させてしまうバラエティセンスはもう底知れないところがあって、千鳥は多分、ダウンタウン以降何も動かなかったそのピラミッドで、天下をとっちまいます。

 

ドラマは、改めて考えて、『電影少女』が、今季一番好きかもしれない、というか好きです。

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7話は本当に、素晴らしかった。"きみがいないことは きみがいることだなぁ"、サニーデイ・サービスのあの歌詞をここにきて演出して魅せた。そして「近くにいるのに見ていなかった」というJ-POPの常套句を平気で体得しながら、群像劇の影を結び合わせるドラマとして間違いのなさ。翔と奈々美を二人で歩かせるあのショットは1話の反復(後背からのショット)であり、今度は正面から捉えられている完璧さ。翔とリカが朝ごはんを食べる、その親密な関係と時間・瞬間をひとしきり垣間見るかのように横移動する、あののぞき見ショットも忘れがたい。そして、LINEが普及する電波世界ー現代においての電話の重要性という細部へのリアリティ、途中まで塗ったそのままのペディキュア、友情と恋愛の分かりやすさと困難が炸裂している。関和亮が監督として関わっているだけあって、天野あいver.のアニメーションでは「恋ダンス」(『恋のMVを監督した)を彷彿とさせる面白み。「一度生まれたLOVEはふめつ」という人生の筋書きを桂正和ライクな解釈で、見れる喜びが本当にここにあってしまった。

 

そして『ぼくは麻里のなか』の7話もかなり意識の深い底にどんどん潜っていって考察の余地が沢山。

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これで主題が〈人格〉だということが明らかになった。本当の名前は「ふみこ」ー〈第一人格〉であり、祖母が死んだ瞬間に改名の「麻里」ー〈第二人格〉へ分裂し、自分の帰る入れ子を失った彼女は、憧憬のひとであった「小森」ー〈第三人格〉と思い込んでいる(演じている)。しかし、ぼくは麻里のなかで特筆すべき人物は依さんでしょう。彼女は〈第二人格〉である「麻里」のことを愛していたのに、〈第三人格〉である「小森」を求めてしまうし、「麻里」の消失を頑なに拒んでいる。「わたしがわたしであるためのあなた」というキラーフレーズの本性を、主題を揺るがしていく。

表情には文字通り「芯もなければ外皮もない」のである。ーーー

を引用するなら、彼女を取り巻く人物らの彼女に対する「可愛い」などの印象・外部への表象・その言語/コミュニケーションの"一方通行な攻撃"は、心理的に「わたしはわたしである」という認識を殺す要素として機能してしまう。「わたし」ではなく「誰かがつくったわたし」。それもまた「わたし」だという境地に達しない環境と〈人格分裂〉の過去。それによる本当のわたしの不存在性。「行って帰る」だけの構造のドラマでは無く、どのような結末をとるのか...。

 

映画は、新作で、『スリー・ビルボード』を。

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疑り深い州=ミズーリ州の片隅だからこそか、いやにも、強調される死の絶対性。しかし、楽しくても、つらくても、幸せでも、悲しくても、生きることに価値があっても、なくても、今日が始まる...。明朝に交わした殺意への「Not really」=「あんまり」に、悲しいお話の続きを書き足そうとする希望の木漏れ日が射し込んでいる...。指先にエモーションを放物運動にアクションを、みたいな演出の一貫性。特に親指にドリルはヤバかった。

 

インターネット記事はこの記事が面白かった。

 そう。つまり、選べ過ぎちゃうから、もう面倒くさいんだよね。そういう意味で、「食」に関していまの東京は、ある種「甘美な地獄」っていうか……何でも東京が世界でいちばんうまいから。これはミシュランのヨイショではなく、ホントにうまいの。だって、セブン-イレブンがもううまいわけで(笑)。でも、それは一種の地獄でもあって。学校行ったら、クラスの女子が全員可愛い……なんて、ある意味地獄じゃないですか(笑)。ある程度、凸凹があるなかで、あの子が可愛いと思えるのが、やっぱり嬉しいわけで、誰に声を掛けようと、もう全員可愛いっていうんじゃ、生きている甲斐がないというか、ダイナミズムが消えちゃうんだよね。

 この時代の爆心地は"選択権と面倒"。そして均質化とダイナミズムの消失。このどこか甘美な時代を生きるのは、ましてや文化に触れるのは楽しいのだが...悲しさを背負っているのは間違いがなくて。

 

そういえば、最上もがが29歳なの、最高だと思いました。写真集誰か買ってくれないかな。

最上もが2nd写真集 『MOGAMI』

最上もが2nd写真集 『MOGAMI』

 

 

漫画は、新作で『いのまま』を読んだ。

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この作品の裏テーマは「大人の再定義」というほど大仰なものではないにせよ、「大人になるってこういうことかもしれないよね」という思索だと思ったり。

個人的には、自分で手料理を作るということは大人になるということ、と言い切るのは性急だとしても、自分で手料理を作ることはナルシズムであろうと、成熟といってやりたいなぁ。とふと思う。「自分で作らないと」という使命感は無く、やはり胃のままに、胃にコントロールされた習慣として、自分も料理を作っている訳だし、単純に作ることが楽しい瞬間がある。そこを掬い上げた作品として、僕は好き。表紙もすごい良いよね。

 

音楽は、MGMT、5年ぶりの新作。オープニングの、ジャズのコードとファンク・ベースで構成される、「She Works Out Too Much」が好き。

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に、連なる「When You Die」がハイライト。



シングルでは、<Dirty Hit>の新顔、ペール・ウェーブス(Pale Waves)のThe Tideが完全にマンチェスター・スタジアム・ロックで面白かった。というか、Television Romanceも完全にTHE 1975だな。売れる、というか売れてるんだろうけど、間違いなく消費されるの一瞬でしょ。どうせだし、この年のサマソニくるらしいからのぞきたい。フロントのHeather Baron-Gracieの顔ファン

正直、
Middle Kidsのニューシングルはもっとすごいっすよ。絶妙にダセーけど良い。



MHWは、ずっと友達とマルチプレイでチマチマ進めてる。プケプケ上位まで行きました。本当に楽しくて、進めるのが勿体無いと思うほどだ。もっとキャプチャ撮っていきたい。