年始は実家に帰省したものの、適当な風邪を拗らせてしまって(なんせ夜更かしした)、暇な時間が増えてその時間をあるものに割いた。それはドラマ化も決まってる、桂正和大先生の『電影少女』(まもなく放送ですね!)と『I"s』(伊織ちゃんを誰が演じるのか気になって夜も眠れない)。

f:id:twenty_three_1025:20180106142304p:plain

 

漫画は他にも巷で話題の『ザ・ファブル』とか『血の轍』(こっちがよかった)とかも新刊で買って読んだけど、ノスタルジックな空間に負けて衝動的に読み始めた。はじめてよんだのは高校生の頃だったと思うから多分6年ぶりの再読になる訳なんですが、これがもう、精神的童貞のバイブルにほかならないなと再確認。もともと小学6年生のときに読んだ『いちご100%』(こちらは鮮明に覚えている)が自分の中ではバイブルだったんだけど、完全に更新していた。勿論、恋愛の場面においての、目からウロコのシチュエーションとセリフばっかりでそこに興奮したり自意識拗らせちゃうんですが、どちらの作品にも通じる基盤としての恋と夢にボロボロな若者たちの青春群像劇というもんはノスタルジックなキモチにさせられながら、まだまだ全てを掴みきれていない現実を奮い立たせる力がありました。これ下手したら人生狂う人間いるなとぼやきながらも、ぼくがどちらにも感じのは、実直に前を向かせる、向き合おうとする力です。綺麗事だかそんなもんどうでもよくて、身にしみたものはそれです。単に驚いたのは『I"s』の方が映画的な演出かと見紛う場面が多いところ。電車の「キミに」のシーンは何度見ても『I"s』ハイライト。人を好きになる尊さと美しさ、人を好きになってしまったことの痛みと憂い、人を愛すこと・愛されることの喜びと幸福、寄り添いと戸惑い。言葉の平行線と緩やかな肉体の交差、そして忘れることのできない「好き」を何度も思い出す、若者たちのプラトニックな傑作恋愛漫画。現代でこそ再評価される時が来たと思ってます。

 

この2作品を機に90年代への憧憬が大きく膨れ上がり、スポティファイなんかで90年代のベストヒットソングのプレイリスト聴いちゃったり、インターネットで桂正和の関連グッズこまめにチェックしちゃってて、完全にロスです。生活ではプレイステーションN64ばっかりしてたい気分。実家からちゃんと住んでる大阪に持ってきたので、すごい励み。あと、いいたいのは、長濱ねるちゃんは、桂正和の作品から飛び出てきたみたいだなと最近強く思うようになりました。欅って書けない1週間あくとバリ悲しい。

 

夜明け。ストリート・トラッドの。ゴーシャ×バーバリーを機に2018年いよいよ本格化したら面白いけど、まあ無理だろうかしら。問答無用な価格設定に自分は画面の前でヨダレを垂らすことしかできないので、中古市場でユーロヴィンテージのアイテムを徘徊しているばかりです。

f:id:twenty_three_1025:20180106142939j:plain

 

最近のお笑いでは圧倒的、僕らの星こと四千頭身に夢中。先日、youtubeでyoutuber的なこともやり始めてて、より夢中。漫才以外もやりますよおスタンスで素の姿が垣間見れるのがまた乙。ボケの都築君、キャブエンプトじゃん!



あと、年末のおもしろ荘で見かけたアントワネットも昨晩見倒す。



王子の「なのだ」が鼻につくけど、くせになる中毒性。王子の決め台詞に観客が寒がってるところをすかさず殺すツッコミの間次第で全てが決まる勝負した漫才でぼくはすきです。飽くまでもキャラ漫才なカテゴリなので、消費対策しなきゃですねえ。

 

映画は、続編を見るために久しぶりに『キングスマン』を再見。f:id:twenty_three_1025:20180106144010j:plain階級社会を吹き飛ばす瞬間。しかし全方位に射程を最終的に広げて差別を相殺する。マシュー・ボーンまじで頭キレるな。ガゼルが最高だけど、ランスロットが至高。テーラードジャケット着てる女の子はいつだって愛していたい。