毎日がささやかに楽しみになるものができた。毎日youtubeで更新される

ジャルジャルのネタのタネ。


幾つか見るとわかりますが、単なるボツネタというよりかは、以前みてきたジャルジャルのコントネタの萌芽をそこにみることができる面白さがあって、最近のヒットになってます。

一番好きなのはこれ。

ふつうにめちゃくちゃ笑えるのに、着地点の凄み。田中が、この世界のどこかにいるかもしれないという実存感が帯びていてすごい。

これも好き。

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ラニチョビの先週の新作は、リアルタイムなロケで生み出される即興ボツ企画のオムニバスで珍作。実験的で挑戦的で先鋭的なフェイク・バラエティ。や・さ・い。はい、天国・地獄・大地獄~♪、あぁ~っ!


Aマッソといえば、このコントが新境地で面白く観た。

ニューヨークの偏見漫才が可愛く見えるほどの偏見漫才。これが〈世論〉である。しかし、加納さん、ゴッドタンの腐り芸人を経由して今回のこれ。ずっと葛藤と模索があるんだろうな...。マスへの苦しみ。だからこそ〈世論〉で殺していくこのコントの説得力。こんなアティチュードをみせるAマッソには一生ついていく。

 

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漫画は、新井英樹の『ひとのこ』1巻を読む。

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世界の具体性と、人生の目的、解答、価値を求める人間を痛烈にアイロニカルに描き、世界一の大富豪と制御不能の狂人という鏡像を通して分断し揺れる全ての二項対立を融解し呑み込んでゆく凄まじき訴求力をもった怪作。世界は「ごっこ」でてきた認識、単なる暇つぶし。これこそ、ノンシャランの最果て。彼岸は愛か、なんなのか...。

ディティールは一昔前(たとえばSNS描写)で、4年前に出ていたら震撼しただろうなあ。なんにせよ、桂正和にせよ、新井英樹にしろ、岡崎京子にしろ80-90'世代の映像リバイバルと、クロスオーバーでの再興が起こってきていて、目が離せない。

 

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音楽はエヴリシング・イズ・レコーデッド、フィックル・フレンズ、さとうもか、ヨギー・ニュー・ウェーブスを特に聴いていた。

EVERYTHING IS RECORDED BY RICHARD RUSSELL [限定輸入盤LP(イエロー・ヴァイナル)](XL883LPE) [Analog]

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  • アーティスト: EVERYTHING IS RECORDED,エヴリシング・イズ・レコーデッド
  • 出版社/メーカー: XL RECORDINGS
  • 発売日: 2018/02/16
  • メディア: LP Record
  • この商品を含むブログを見る
 

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ルークウォーム

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SPRING CAVE e.p. (初回限定盤)

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 エヴリシング・イズ・レコーデッドに関してはサンファが絡む全てが最高。他にイベイー、カマシ、シドも絡んでて(デーモン・アルバーンやマーク・ロンソン、ブライアン・イーノ!?オーウェン・パレットまで絡んでいる!)、コラボレーションアルバムとしては超充実している。スタジオ・セッションからスポットライトへ、を果たしたリチャード・ラッセル。〈XL〉の集大成のひとつと惹句されるのも頷ける。なかでもショー・ラブが一番のお気に入りで、シドのパートに嘆息する。ミキサーに貼られたマスキングテープにリリックって、堪らないミュージック・ヴィデオ。

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入江陽プロデュースのさとうもかのアルバムは傑作。サウンドクラウンドでポコポコアップされるものたまに聴いてたので、フルアルバムは、結構待望であります。

鶴岡龍はどうぶつの森とたけけかよな、最低な日曜日がハイライトで、

涙の数だけ強くなんかなれない

パンチラインに痺れる...。

少女の日々の醒めた機微、脱力したソングライティング...。ベッド・ルームの箱庭で生み出されたオールディーズでアコースティックでジャジーなクラシック・ポップスでありながら、入江氏の多彩なアレンジメントの豊かさは、清新性を纏っていて必聴。ソウル。

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ヨギーのブルーアイド・ソウルな新作は、もうずっと聴いていた。ブルーミン・デイズ。メジャーシーンの移行を感じさせる射程距離の広い親密なリリックでありながら、WAVES以降の彼らの音楽が一段階先で昇華されている。孤独な夜...この世界の終わり...残ったものは、傍にあったものは?...花束をあげよう/女神にそっと手紙を書いて祈るーーーポパイ顔負けのリリックに酔いしれやがります。「Boyish」とのセットが春を予感させて、季節的にもバッチリ決まった一枚。サンセットタウンepみたいなアナログが待たれます。

マクガフィンでのショーユアルームとセットに。

"みんなのものになりたい"というか 

なんかこう今まで"あなたのもの"だったものが

"みんなのもの"になるみたいなのが すごく僕は望んでるっすね

こんな表明が色濃く出るであろう、次回作も楽しみ過ぎる。

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 新作映画はソフィア・コッポラ版の『ビガイルド』を。

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フレームの外では、大砲の重低音が響き、中では、庭の草本が生い茂り、大木が畝り、靄がたちこめる。そして、舞台を幽閉する鉄柵、そのロケーションの妙。キャラクターは、まるで南部の墓場に取り憑いた7匹のゴースト。彼女らは、女性性を超え魔性へ、セクシュアルの抑圧からの解放へ(ボタンの弾け飛び方!)ーー やがて、7本の蝋燭は女たちのこころの表象となり、妖しく画面を、歪んだ物語を、支配していく(そのうちの一本(すなわち一人)は手前の飾花と被っているのもミソ)。そこかしろに木洩れ陽として射す光は、外部と内部の境界を貫くが、あっという間に禍々しい光へと変貌を遂げ、サザンゴシック・スリラーの体型として全体を闇に染め上げる。クラシックなエンターテイメントがオリジナリティとアートフルなクリエイティブによって、新たなる視点を獲得したソフィア・コッポラのおとぎ話のような新開拓地。なかでも、フィルム・レンズでの撮影と自然光と物陰のコントラスト、フェニックスとは思えない背景で鳴っている音楽とのリエゾン、ここにおいてのクラシカルでモダンな表現にうっとり惑わされながら、ひっそりと毒を刺される。

〈水〉の象徴性に関しての論が読みたいな。

ユリイカのソフィア特集もチラホラ読みましたが無きでした。

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 旧作は『キートンの探偵学入門』。

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 全く色褪せることのない50分。綱渡りかのような緊張感をもたせるスピーディなアクションと編集に、ユーモアなスラップスティックとパワーアクションによって、緩和のリズムが刻まれる、素晴らしいアクション映画のグルーヴ感。最後のほうはもう、あれです、007じゃないですか?。なによりも、この映画が魅せる脳内での夢のロードショー、その断片的なシーンの飛躍にまずアイデアが溢れかえっているけれど、これまたその続きのロマンチックな風景に拍手を送ってしまう。

 

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ドラマは何周回かの遅れでanone6話。

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めちゃくちゃヘヴィになってきた。そのなかでもぐっと心に入ってくるのは、私が失くしたものや、落としたもの、どこかに忘れたものっていうのは、誰かが拾ってくれるかもしれないということで、顔も知らない他人が、血の繋がってもない他人が、そういった繋がりを持つかもしれない。そういう“親切”によって振動していくのがこの世界の単純な道理であり、今回の物語の本質なんじゃないか。ブルーミン・デイズ。それは、もう、絶対的な他人であっても、それは他人ではないという決定権と主導権の中であるなら、他人だと軽薄にカテゴライズしてはならない。それはあまりにも悲しい。それはあまりにも…。30年間積み上げたけどなにも持っていない。400億稼いだけどいまじゃ時給1000円。私の時給じゃ彼を救うのに100年、200年。数値化された時と資本が、心の隙間に闇を作る。わたしたちが見失っているもの、わたしたちが不信になっていること、きっと、誰かが見ている、誰かが教えてくれる。

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『ぼくは麻理のなか』は大団円で終わっていたのでは。

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家族や友達、果ては社会とわたし、あらゆる接合と繋がりをコントラストに、こういう顛末をたどらなければわたし達は出会うことも繋がることも無かったというあまりにも美しく尊いボーイミーツガール、マイノリティの緩やかな連帯を描いた作品としての視点がひとつ評価されるところでしょう。人格の喪失かと思われたそれは、人格の分裂であったこのストーリーは、行って帰るだけの構造はそのままに、行って“一緒に帰る”という構造に捻る。多人格は溶け合い、わたしの肉体にひとつになる。かれもかのじょも私、麻里なのだという受容の着地点に一寸の狂いも無い。名前を書く自覚としての演出もアイデンティティを形成するひとつ。原作も読みたいと思えた。

 

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恋は雨上がりのように』10話もこれまた素晴らしい。

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古本、栞、クローバー。刻まれた過去をイメージさせるモチーフの連鎖。原作の断片を見事に繋ぎ合わせている。そして現在地の幸福を象徴するクローバー。「あなたでよかった」が思い起こさせる。仲間と一緒に巣立っていけなかったツバメをモチーフに、それでも、この地点での、現在の幸せがあり、かつてのことを忘れる程いま夢中なことを謳う。諦めきれない上の空の日々に、誰かの言葉が、気づかせてくれることの描写は脚色の強み。「それでもいい」諦めきれなくていい。「好きでいるだけ(それだけじゃダメなの?)それでいい」。執着と、祈りにも似た何か。許される、救われる。そんな大層なことではないけれど、店長に取り憑いていたオブセッションが晴れやかに解かれていくシーンの響きに感動する。やがて、それはあきらにも波及するのだ。この作品のもつ懐の深さは、ほんとうに毎回驚かされる。葉書に書かれていたのは「忘れることのできないものは無理に忘れることはない」という一文であって、ここも、今回の一遍のトーンに連なっている。今があって昔を忘れてしまうこともあるし、今があって、昔を懐かしく思うこともある。それまでの雨宿りなのだ。

 『恋は雨上がりのように』原作は今日連載終了したらしいけれど、アニメも佳境だし、ほんとうに寂しくなるなぁ。

 

電影少女8話、9話を観る。

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記憶を失ったアイを中心に砂嵐/モヤでかき消される僕たちの中途半端な関係と人生を超えてゆく、ぼくが、君が、ぼくたちが、ここにこうして生きている、ここで生きていたことを証明する物語へ。それまでに描かれるリカのパートが余りにも桂正和作品のリスペクトで素晴らしかった。机の下、膝の上でつくった握り拳。かつてあの人と座ったベンチにあの人はいない...。

"ずっと自分を守り続けてきた。傷付かず、痛みも喜びも知らず。でも、それって生きてるの?あの子はそう言いたかったかもしれない。泣いたあの日、一緒に笑ったあの時、勇気を出して想いを伝えたあの瞬間。そんな記憶の傷痕こそが誰かがそこにいたということの確かな証になるんだと。"

しかし、傷痕。やがて癒えたら、記憶になって証になって意味になって、物語になって、アイデンティティになる。世界のリカたちに捧ぐ救済のことば。

 

9話に関しては、連続ドラマ終盤戦の懸念材料としての役者の感情の持って行き方とそれの撮影が少しだけ目に付いてしまってきているな思った。涙目とか涙のシーンはやはりカットを割らずに見せて欲しい...。まあ、それを差し引いたとしても、ここでの翔と奈々美の親密な時を映し出す構図は完璧だったと思える。

 

そろそろ来季ドラマのCMが流れ始めていますが、最大の注目は、

真利子哲也脚本、主演に池松壮亮の『宮本から君へ』かなー。

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新井英樹の原作はそれまでに読みたいなあとぼやっと思っています。

日本に足りなくなった力の提唱としてどこまでいけるか楽しみ。

 

あとは、古沢良太脚本の最新作『コンフィデンスマンJP』だろうか。

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長澤まさみまだ人気あるのか不明ですが、東出君と絡むのはちょっと気になるな。

コンゲーム」とかほとんど興味無いのだけど、一応一話だけ見る予定。

 

アニメは食指が動くものが無いので、見逃しているファーストシーズンのものを

見るかも。

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恋は雨上がりのように9話。

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新しい関係を始めるために、前に進むために、水溜りを飛び越えるために、雨宿り…“足”を止めて、過去を振り返ること。そこに、かけがえのない瞬間があったということ。お守りのように握りしめて満月へ祈る。欠けたそれが満ちる時まで。大好きな一編。この話、マンガで読んだときは、ほんとウルっときて、無理に脱さなくていいカテゴリーはあるんだよなと染みた。ここでいう「同級生」という淡いものとか。

実写映画版を作るより、まずは劇場アニメを作るべきだったのでは...。と思い始める。

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映画は行定勲版『リバーズ・エッジ』を観た。

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演出、具体的にいうと、あのインタビューの挿入が完全にノイズでしかない。現在と繋ぐ客観的な視点としては、あまりにも軽薄。そして、脚色によるオミット、具体的にいうと、平坦な戦場と強調できるほどの「平凡な日常・その時間」が余りにも少ないと思えた。猫の死の過程も描けてないし、若草と観音寺の会話も原作に対する1割くらいだろう。独白を極力無視して演技に託したのも、逆にボンヤリしてしまって英断とは全然に言い難くて、やはり難しい映画化だったなあと。"邪悪な視線"も演技力と構図の強度不足で、スタンダードサイズにした意味が漂白されている。尺20分伸ばしてインタビューカットして、何か変わっていたか。そんなことも躊躇するほどにこの作品がもつ、無情にもやってくるわたしたちの毎日と、出口を探し続ける残酷な生、そこに帯びる邪悪な欲望と現実感の無さ、その矛盾という強大な"目には見えない"形而上学的なテーマ、そして、言えないことと言わないこと、そんな秘密を抱えているわたしたちという人間の実態を(マクガフィンとしての"死体=秘密"の共有をクリティカルとして)描いたミクロなテーマに打ちひしがれる。更に附随する、生存維持の困難さ、そこと呼応する消費社会への問題提示と、その穏やかで眩しい解答は、小沢健二が全部もっていくし。不安と焦りと諦めの中で漂い澱み流れる死とセックスと恋愛の先にあるもの。愛としか呼べない何か。この『リバーズ・エッジ』が思い出させるもの、というよりか、見ているフリして平和ボケして、「わたしには何にも関係無い」と暇を搾取し続ける現代人に鉄槌を下しているものは、ポストSNS世代へ捧げるものとしては、浮かび上がってきていていいのだけどもそれを考慮しても素直にyesと言い難い。

 

そういえば、よしもとよしともが語るこの記事は素晴らしかった。是非読むべし。

リバーズ・エッジ』は、内側から出てきたテーマというより頭で考えたものに思えたんです。当時、音楽でいうとグランジオルタナ系ソニックユースとかに象徴されるように、殺伐としたものがおしゃれだとか知的だと捉えられていた。あの頃、アーティストの間で流行り言葉みたいになっていたのが、「ぼくらは生きながら死んでいる」みたいな言い方で、あれが俺は嫌いだったんです。『リバーズ・エッジ』もそういうものの延長として映ったし、死とか死体に対するスノビズムみたいなものを感じた。死体を上から見下ろして客観的に眺めている、その立ち位置が気になったのかな。今回、映画版を観て余計にそう感じた。だって今の日本ってこの死体そのものじゃない、という気はしたな。客観的に眺めている場合じゃない、と。

 ここに関しては、特に「ぼくらは生きながら死んでいる」みたいないいかた、そこには自分もかなり疑いの念がある。だから、いまではWIREDのアイデンティティ特集号の影響もあってか、「死にたいわけではないが生きていたいわけでもない」という状態に現代人は陥いっていると解釈している。坂元裕二の『それでも生きてゆく』をフラッシュバックさせながら、わたしたちは、わたしたちの生=実感(素朴な感情)をもっと、もっと大事に噛み締めて歩まねばならない。だからアウトプットがどれだけ大事か、こんな些細なブログを書くだけでも思うのだ。

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服。

 

大きな今年のテーマとしては「クラス感」と捉えていて、ラグジュアリーブランドが蔓延する日本にとっても局所的には恐らくしてトレンドを起こすであろうこの潮流。静かなる階級闘争のようなあまりにも忙しない様相も伺えなくはないけど、もっと広く捉えていきたい。

パワーショルダーに関しては前年に既にその兆しを見せていて本格化してきたという感じですねえ。自分もちょこちょこ去年から着てます。ウエストマークも同じくようやくという感じ。ハイウエストの延長で、ここの驚きはゼロだ。

にしても、

ドルガバのドローンには衝撃だったし、パグメントの18AWは最高だった。

パグメントのショーにはコムアイひょっこりはんで写りこんでいてほくそ笑んだ。

インダストリアルなスクリュー。極彩との相反で気味の悪さは一級品なので、そこも愉快だ。

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音楽はyahyel『Human』とNulbarich『H.O.T』、DYGL『Bad Kicks』、Superorganism『Superorganism』、A.A.L (Against All Logic) 『2012 - 2017』、Camp Cope『How to Socialise & Make Friends』を主に聴いていた。

Human [アナログ国内盤 / DLコード付 / 1LP]先着特典ミニブック付 (BRLP567) [Analog]

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H.O.T(初回限定盤)

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SUPERORGANISM [12 inch Analog]

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HOW TO SOCIALISE & MAKE FRIENDS [LP] [Analog]

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 後ろ2作が絶品で、今年中はずっと聴き倒す。ヤイエルの新譜もかなり重厚でまだまだ聞き齧りたい。スーパーオーガニズムもかなり知性を醸したピュアネスという奇妙な両面がコンパイルされていた一枚でなによりポップでグッドでした。ポチる準備完了。

デイグローの新曲はトーイングスとの距離がかなり近くなった印象。音像的に。フレキシブルな一面を逆に感じさせるこのフレッシュな作品の落とし方(リリースタイミング、デイグローのフィルモグラフィ的に考えて)。フロアを躍らせるアンセムには単純明快なこういう楽曲が一番だ。できるなら7inch希望。

どんどん新譜が増えてきて追いつけない事象がここ5年続いていて、この恒例行事に疲弊しきったランナーたちも何人も見てきたが、だからこそ、そういうことにはノンシャランな思考でただ耳を傾けて気持ちよくなっていたい。

 

これ、奇跡のような時間だったろうな。めちゃくちゃ見たかった。


雨のパレードの佳曲「MARCH」のMVに出ている大下ヒロト福本莉子のフォトジェニックさにうっとりする。はなればなれ、出会ったことだけがぼくたちのすべて。

 

最後、さとうもかの「Lukewarm」が素晴らしかった。

単純なアコースティックサウンドを鳴らすソフトロックから、ジャンル・レスに融解していくアレンジメントに感嘆の声を漏らした。Kawaii Future Bass、ガーリーポップ、はたまたメロウなK-POPまでを横断する瞬間もあって、新たな才能と豊かな後ろ盾でアルバムめちゃくちゃ楽しみです。

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お笑い。ゲラニチョビ。台湾・タイマン・ツアーは、お願いなのでDVDにしてくだされ...。ニューウェーブ大喜利。ずっと笑ってた。2018ベスト。


ガールフイナムのオシャレスナップリレー、すごく期待している。DEPTオーナーのeriさんが気持ちのいい色使いと柄の足し算を古着でしていたので。


で、ガールフイナムのインスタに飛んだらラコステの18AWがよいというポストをしていて、調べてみると、確かにラコステが提示するポロシャツの新解釈と再構築には目を見張るものがある。

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他、見ていただけるとわかると思いますが、バケットハットの素晴らしさは再認識される事項です。


で、あの100円フリマショップなんかでも投げ売りされているゴルフポロシャツ、ニットらの再臨にはウケる。

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ゴルフニットとレザーパンツは激渋だと思います。

 

GRINDで書かれていたCALEEのプロダクション哲学には、凄く共感を得る。

僕自身のクリエイション、また日々の表現、趣味趣向の基軸がクロスオーバーにあるので、こういうアイテムにはすごく興味がそそられる。「日本の伝統工芸・技術」は、現代のマスカルチャー、サブカルチャーにおいてあらゆる可能性が開いた時代だと思うのです。

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マスタードのスタプレ特集も素晴らしかったです。古着にハマった初期に一目散に買ったのがスタプレでした。たまに今も履いてるけど、本当にセンタープレスから生まれるシルエットの良さには今でも重宝される存在だと思う。ワイドなスタプレのトレンド感も勿論いいですけど、女性の履くスリムテーパードとミュールの相性には思わず唸りました。でもって、デニムジャケットにスカーフという完璧な洗練。ナイスなスタイリング。

 

漫画。ONE-PIECE 88巻。

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HCI編、いよいよ最終局面か?という感じで、ジンベエが操舵手としての能力を発揮し、麦わら一味加入へ濃厚になった。友人とワンピース話になると、ジンベエが麦わら一味に入ると、更にビジュアルの猥雑さが際立つんじゃないかと懸念材料として浮かぶ。「操舵手」は1巻の伏線回収だとしても、やはり男8女2は目がしんどいぞ。そして、ルフィとカタクリ戦は次で完結か。カタクリの本性はどこか完璧主義者のアクチュアリティが宿っていて、いいと思う。ジェルマとスローン化したキャロット、そしてベッジ、カッコ良さが詰め込まれていた巻でした。しっかし、そろそろゾロ、フランキー、ロビン、ウソップが横並びになった絵がみたいなあ。

 

そして、なにより紹介したいのは谷口菜津子先生の『彼女は宇宙一』。

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主人公たちの人生の反転を、どの物語も"裏切られる"という客体性を貫く。谷口先生の素晴らしさは、そこで刳り貫かれるものを決して見捨てない、見つめさせる。その救済の筆致こそが、事実、この世界を生きる諦めの果てにある希望だとぼくも思うので。なかでも、"大丈夫 宇宙は広いから" というあまりにも漠然とした、この言葉の希望的な深さは、もっと噛み締められるべきかなと。特筆すべきである。オムニバス中の一編である「死ぬほど大スキ高田くん」はある種、自分の生き方・存在意義を否定されるかのような最初の顛末「死」=裏切りによって幕を開けていると解釈しつつ、この話がそっと花を添える「わたしの生きる価値」みたいな目的の呪いからの解放は、全体の解像度をぐっと高めていると思いました。どのおはなしも、妙に刺さるので是非。傑作。

 

「宇宙」といえば....伊藤万理華ちゃんの『はじまりか、』もワンカット映像作品としても、ドキュメンタリーとしても最高。

アイドルとファンがつくるファンタジーとギャラクシーな空間は、この世界を確かに包み込むという仮説としての真実。ささやかにその瞬間が許された、青春の刹那。そこで紡がれた剥き出しのフレーズ、ふめつのこころ。卒業、ビッグバン、はじまり。乃木坂に興味ない人も見るべし。

 

アニメ。『恋は雨上がりのように』6話~8話までをイッキミ。

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一度分かれてしまったそれぞれの路は、それぞれの路として、それぞれの向こう側へと延びている。歩く街、雲が流れ、光が降り注ぎ、夜にネオンが灯る。その繰り返しのなかで街は時は、人それぞれの路のなかで風とともに流れる。街のなかでまた君と会う、すれ違う。それぞれの路が交わり合う。6話のあきらとはるかの「また一緒に」という友情の結び目は、解けることのない、固く結ばれた靴ひも。離れ離れになった路でまた君と。美しく尊い青の光。

 

第7話は、ばりばり素晴らしくて、原作を凌駕する。"嵐"を飛び越えてやってくるあきらのその行動と、原作には無い傘の演出。停電と窓辺の光と影のコントラスト(汗と涙と雨の影は舌を巻くモンタージュ)が作り出す深海の空間でふたりは、深く距離を縮める。飛び越えた先にある景色。

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どこにでもある偏見を取り払ってくれるような....すごい『恋は雨上がりのように』がじつは純愛のとなりで描こうとしているのは、そういうところ。他者との分かり合えなさから一歩先を見据える、8話のはるかの山本先輩との会話はすごく重要な挿話だし、『羅生門』の引用は倫理の話だし。

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音楽。Rheyとレジー・スノウのCDポチりました。で、よく聴いてたのは

Nostalgia 77のベスト盤。f:id:twenty_three_1025:20180305131605j:plainノスタルジア77、聴いたことなくて、丁度ベスト盤で入門できたかなと。UKジャズ~ベース・ミュージック~他ジャンルへの「クロスオーバー」。組立のプロセスが滲み出ていて、すごい気に入っている。ダウンテンポの表情で、時にムーディで、時にソウルフル、はたまたジャジーで、どこかダーティ。骨格と肉感に満ちた一枚。これはアナログで欲しい15年のストーリーテリング

 

インターネット・ノベル。

長谷川町蔵先生の「インナー・シティ・ブルース」

都市伝説のアップデートをノア渋谷を舞台に読んでいるようなちょっとした刺激。街の死、それに取り憑いたかつての人々。ゴースト化。あれよあれよとゴーストの渋谷案内。フィクショナルだけど細部がリアルで面白いです。どうなるのかなー。

 

MHWは、いよいよネルギガンテの狩猟直前へ。ゾラ・マグダラオスのクエストに現れては意味も無く退散していくあの意味不明の今作でのゴリ推しモンスター。こいつの謎も解明されそうだし狩るの楽しみ。後半戦に突入していて一抹の寂しさも...。

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風邪をこじらせたので、籠ってる日はずっと、いろはに千鳥を見ていた。

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ずっと面白くて、ずっと見ていたいバラエティは、この時代に、いろはに千鳥しか無い...。

ダチョウ、ゴーカート、釣り堀、ゲームセンター...前も行った筈だし、前もやったこと、なのに、それを平気で更新させてしまうバラエティセンスはもう底知れないところがあって、千鳥は多分、ダウンタウン以降何も動かなかったそのピラミッドで、天下をとっちまいます。

 

ドラマは、改めて考えて、『電影少女』が、今季一番好きかもしれない、というか好きです。

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7話は本当に、素晴らしかった。"きみがいないことは きみがいることだなぁ"、サニーデイ・サービスのあの歌詞をここにきて演出して魅せた。そして「近くにいるのに見ていなかった」というJ-POPの常套句を平気で体得しながら、群像劇の影を結び合わせるドラマとして間違いのなさ。翔と奈々美を二人で歩かせるあのショットは1話の反復(後背からのショット)であり、今度は正面から捉えられている完璧さ。翔とリカが朝ごはんを食べる、その親密な関係と時間・瞬間をひとしきり垣間見るかのように横移動する、あののぞき見ショットも忘れがたい。そして、LINEが普及する電波世界ー現代においての電話の重要性という細部へのリアリティ、途中まで塗ったそのままのペディキュア、友情と恋愛の分かりやすさと困難が炸裂している。関和亮が監督として関わっているだけあって、天野あいver.のアニメーションでは「恋ダンス」(『恋のMVを監督した)を彷彿とさせる面白み。「一度生まれたLOVEはふめつ」という人生の筋書きを桂正和ライクな解釈で、見れる喜びが本当にここにあってしまった。

 

そして『ぼくは麻里のなか』の7話もかなり意識の深い底にどんどん潜っていって考察の余地が沢山。

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これで主題が〈人格〉だということが明らかになった。本当の名前は「ふみこ」ー〈第一人格〉であり、祖母が死んだ瞬間に改名の「麻里」ー〈第二人格〉へ分裂し、自分の帰る入れ子を失った彼女は、憧憬のひとであった「小森」ー〈第三人格〉と思い込んでいる(演じている)。しかし、ぼくは麻里のなかで特筆すべき人物は依さんでしょう。彼女は〈第二人格〉である「麻里」のことを愛していたのに、〈第三人格〉である「小森」を求めてしまうし、「麻里」の消失を頑なに拒んでいる。「わたしがわたしであるためのあなた」というキラーフレーズの本性を、主題を揺るがしていく。

表情には文字通り「芯もなければ外皮もない」のである。ーーー

を引用するなら、彼女を取り巻く人物らの彼女に対する「可愛い」などの印象・外部への表象・その言語/コミュニケーションの"一方通行な攻撃"は、心理的に「わたしはわたしである」という認識を殺す要素として機能してしまう。「わたし」ではなく「誰かがつくったわたし」。それもまた「わたし」だという境地に達しない環境と〈人格分裂〉の過去。それによる本当のわたしの不存在性。「行って帰る」だけの構造のドラマでは無く、どのような結末をとるのか...。

 

映画は、新作で、『スリー・ビルボード』を。

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疑り深い州=ミズーリ州の片隅だからこそか、いやにも、強調される死の絶対性。しかし、楽しくても、つらくても、幸せでも、悲しくても、生きることに価値があっても、なくても、今日が始まる...。明朝に交わした殺意への「Not really」=「あんまり」に、悲しいお話の続きを書き足そうとする希望の木漏れ日が射し込んでいる...。指先にエモーションを放物運動にアクションを、みたいな演出の一貫性。特に親指にドリルはヤバかった。

 

インターネット記事はこの記事が面白かった。

 そう。つまり、選べ過ぎちゃうから、もう面倒くさいんだよね。そういう意味で、「食」に関していまの東京は、ある種「甘美な地獄」っていうか……何でも東京が世界でいちばんうまいから。これはミシュランのヨイショではなく、ホントにうまいの。だって、セブン-イレブンがもううまいわけで(笑)。でも、それは一種の地獄でもあって。学校行ったら、クラスの女子が全員可愛い……なんて、ある意味地獄じゃないですか(笑)。ある程度、凸凹があるなかで、あの子が可愛いと思えるのが、やっぱり嬉しいわけで、誰に声を掛けようと、もう全員可愛いっていうんじゃ、生きている甲斐がないというか、ダイナミズムが消えちゃうんだよね。

 この時代の爆心地は"選択権と面倒"。そして均質化とダイナミズムの消失。このどこか甘美な時代を生きるのは、ましてや文化に触れるのは楽しいのだが...悲しさを背負っているのは間違いがなくて。

 

そういえば、最上もがが29歳なの、最高だと思いました。写真集誰か買ってくれないかな。

最上もが2nd写真集 『MOGAMI』

最上もが2nd写真集 『MOGAMI』

 

 

漫画は、新作で『いのまま』を読んだ。

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この作品の裏テーマは「大人の再定義」というほど大仰なものではないにせよ、「大人になるってこういうことかもしれないよね」という思索だと思ったり。

個人的には、自分で手料理を作るということは大人になるということ、と言い切るのは性急だとしても、自分で手料理を作ることはナルシズムであろうと、成熟といってやりたいなぁ。とふと思う。「自分で作らないと」という使命感は無く、やはり胃のままに、胃にコントロールされた習慣として、自分も料理を作っている訳だし、単純に作ることが楽しい瞬間がある。そこを掬い上げた作品として、僕は好き。表紙もすごい良いよね。

 

音楽は、MGMT、5年ぶりの新作。オープニングの、ジャズのコードとファンク・ベースで構成される、「She Works Out Too Much」が好き。

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に、連なる「When You Die」がハイライト。



シングルでは、<Dirty Hit>の新顔、ペール・ウェーブス(Pale Waves)のThe Tideが完全にマンチェスター・スタジアム・ロックで面白かった。というか、Television Romanceも完全にTHE 1975だな。売れる、というか売れてるんだろうけど、間違いなく消費されるの一瞬でしょ。どうせだし、この年のサマソニくるらしいからのぞきたい。フロントのHeather Baron-Gracieの顔ファン

正直、
Middle Kidsのニューシングルはもっとすごいっすよ。絶妙にダセーけど良い。



MHWは、ずっと友達とマルチプレイでチマチマ進めてる。プケプケ上位まで行きました。本当に楽しくて、進めるのが勿体無いと思うほどだ。もっとキャプチャ撮っていきたい。

 

 

ダイレマの18ssのこの気の抜け感が超かっこいい。

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時として周りの環境や常識から生まれる感情と、自発的に生まれてた意志との対極さ。その不安定な状態から紡ぐ“狭間にある美”

 

コンセプトもすごく自分にとって身近な世界だ。

 

ドラマ。『anone』は4、5話を観た。赤色のモチーフがしつこく何度も登場し、"血"の繋がり、すなわち、ひとつの共同体を演出する、その使い古された手法に流石に飽きてきたというのがhonneだ。まさしくダイバーシティを象徴するようなマルチカラー(18-19AWのトレンドと予想されている)で切り返すのは物語上面白いと思うのだけれども。

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音楽はクルアンビン(Khruangbin)の2ndが好きでした。

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ボノボ...ファーザー・ジョン・ミスティ...(来日公演行きたすぎた2組)に見出されたという惹句だけで飛び付いてしまった。モーラム、サウス・イースト・アジアのメロウでファンクな芳香を撒き散らすチルアウト・サウンドスケープ。老舗旅館を訪れる時に流していたいドリーミーな異心地の良さ。来日して欲しいし、オープニングアクトでるなら、VIDEO TAPE MUSICでよろしくな感じです。

 

あと、ブリジット・メイ・パワーの2ndも聴いてました。f:id:twenty_three_1025:20180218144615j:plainこちらもドリーミー、な、正統派、古典的主義なフォークミュージック。孤立した音楽から解放へフェードインした「親密さ」。部屋から窓の外へ。寒いこの時期、部屋にこもる日々にぴったりなサウンドでした。

 

 

フィジカルはBig love recordsでSports Team『Winter Nets』12インチを購入(クッピーラムネがついてきた!)。あと、Dream Wifeのデビューアルバムを。ビッグラブでついでに買ったそso young magazineの特集で承知のとおりだし、前記事のシェイムの引用で了解のとおりだけど、ロンドン(特にサウス)シーンの虜になってしまう必然的な2018年。

Sports Teamに関しては、このヴィデオを見ていただくだけで彼らは勿論、特にフロントの彼は、正真正銘、本物のカリスマだと一瞬で分かることでしょう。この展開、完全無欠のかっこよさ。信頼。



国内では、tofubeatsの「ふめつのこころ」のMVが遂に解禁(実質のフル音源解禁!?)で舞い踊る!


ヴィデオの方は敢えて、というかやむを得ず?電影少女とはほとんど関係が無くて拍子抜けですが、編集が変で面白いなー。トーフビーツといえば、Show Your Rommという

 

新鋭カルチャーメディアのマクガフィンによる「オタク in the hood」ライクなルームツアー企画も最高。



プライベートルームも見せてくれたら満点の企画ですが、クリエイター/アーティストの部屋・仕事場には創作のアイデアネタが詰め込まれていて、ちょっと見切れるものだけでも興味深くて面白いんですよね。これは、どんどんとアップされて欲しいです。

 

すでに先行配信されている楽曲群だけで舌を巻くyahyelの新譜からも先行でMVが解禁されている。"強迫的に開いていて閉じている世界"の俯瞰。ゴッチの賞賛から

AKG generationな我々が、アジアンでカンフーな構造とステレオタイプを破壊するまで。

と返すそのレスポンスまで

全てがエクスペクトされていた物語だ。



誰もが幾度も待ちわびる、SW×唾奇の新作が世界的に公開。自分のアイデンティティを見つめ直すこの詩に唾奇の原点を見つめ直した。

 

映画は新作、キャスリン・ビグローデトロイト』を鑑賞。

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フレームを囲む「白い」壁と「黒い」檻がこの映画の掟と、耐え難い歴史を語っている…。「壁」に手をついて、「床」に俯いて、「ガラスの一面」に遮られて、被害者の声が届くことは無い。救いの手を神に祈るしか無いこの"分断"の世界。それでも歌うことを、祈りをやめることをしなかった、その、物語られる先にある物語を夢想しながらも語りかけること。そうすることでしか救われなかったように思う。「怒りに突き進まないで、愛を広めて」「恐怖は私たちを分断しません。なぜなら、私たちはこの地に立ち上がったから」と語りかけてステージに立ったアリアナ・グランデの言葉が、頭にリフレインをやめない。まだ見てない人は是が非でも。

 

旧作はチャップリンの『モダン・タイムス』を鑑賞。

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生きるのは難しいです/生きなくたっていいじゃない 暮らしましょうよーーー『anone』5話に見るこの、生きることについて失われていた形を『モダン・タイムス』はこの時代に、既に体現し奪還している…。しかも、その先にある幸せの在り方までをも写し取ってさえも…。産業革命以降の資本主義社会に搾取された-システムにおいてという意味では見事に『anone』とシンクロしてさえもいる-人間の尊厳。その地位を奪還することというのは、全くもって時代に回収されない強度な主題だと思う。人生をつぶらな瞳で肯定する素晴らしい傑作。

 

最後にゲラニチョビの新作を。

生きてるから、ふたりになれんねんで。生きてるからええんや。

最高。



 

 

The xxの来日公演で浄化されにベイサイドへ。

写真も動画も撮らずに、その眼前に起こる光景を目に焼き付ける。

演出と歌唱・演奏表現の洗練とセットリストの物語性。

密室空間に放たれる光彩、孤独を包み込む愛の音楽。

僕らは似た思いを抱いて 別々の列車に乗る
もう思い出しはしないぜ 無理してるの?
そう 馬鹿だろう?
「乾杯してえよ」
僕らは違う思い出を思い
同じ歌を歌っている

John Gastroの「渋滞」をふと今、思い出しながら、

The xxの「Angels」に思いを馳せる。

2nd以降のthe xxのアプローチが、まさに伝わる空間。

とはいえ僕にとっては

永遠に更新されることのないあの日々が頭をよぎることさえも無い程の

親密な甘い夢だった。

 

 

次の来日はBeach Fossils×(DYGL)だなと決め込んでいたのも束の間。

チケット売り切れ...。あるときに買わなかったことを悔やんでいます...。

このタイミングでCome TogetherのMVが公開されて畜生。

これぞ日本のユース・カルチャーの肖像であり、至宝としか思えない。



シェイムのこの記事、めちゃくちゃグッドでした。

TastelessのMVでの解説

『永遠に続くものはない』『本当にオリジナルなものなんてない』ということを受け入れ、それを理解することでしか、人間は進歩できないと訴えているんだ。僕たちは現実から目を背けがちだけれど、現実こそが僕たちを分断していると思う

 このサウス・ロンドンの成熟が、紹介していた、INIQOというアーティストが本気でトリックスターファンタジスタでジーニアスっぽい。

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でもって、彼が紹介していたTemptressがまた、すげえいい。

クラブで流れたら痙攣してそのまま失神するやつ。

Asha Lorenzもヤバいですね。

貼ってくだけだとキリがない...。

ほんと面白い時代だけど沼にハマってる人ほど疲れる時代。

 

そして、ジョンヒョンの遺作から「Shinin'」は今年のK-POPベストのひとつ。

IUの追悼のメッセージにも心震えた。この楽曲たちが一筋の光となることを

信じてやまない。

 

国内は、Taiko Super Kicksを結構聴いていた。断片を断片として見つめている感覚にシンパシィー。

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ソングバーズのこの曲がグッド。andymoriが切り開いて作った椅子に座るのは彼らしかいない。ルックも整っていて、売れるのも時間の問題。



そして、羊文学。EPがまた全曲好きだった。前作さらっとしか聴いてないので比較しがたいですが、このメロディックさと季節性との親和性に今のムードを体現してくれている。そしてなんだか、前作から一貫して山戸結希監督の手触りがある。

 

今週のMV大賞は勿論これです。素晴らしすぎて言うことなし!

 

本。こだま『ここは、おしまいの地』を読む。

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めちゃくちゃおすすめ。否定されてきた私の過去と記憶の断片が、むき出しに吐き出されは綴られる言葉たちによって、人生を力強く肯定していく素晴らしいエッセイ。いつか自分も、これまでの日々を愛せるその日まで、いつか、全てをさらけ出せるその日まで、大切に手元に置いておきたいと思える一作。なかでも、川本の野郎との話が絶品でした。

私の十八年の悩みは、笑えるほど呆気ない形で解決してしまった。痣、ほくろ、赤面症。私にはそれが醜さの象徴であり、自信のなさの源で、悪のすべてだったはずなのに、ただ「なくなった」という事実があるだけだった。これで人生が劇的に変わったわけではない。でも、少しだけ「普通」の人に近付けたことが嬉しかった。「普通」を手に入れるのはとても難しい。そんな基準があるのかさえ疑わしい。そのことを教えてくれたのは痣とほくろと赤くなりすぎる顔だった。

 〈普通に生きること〉という消費されがちな当時代的な主題に一石を投じていますぜ!

 

 

ドラマは『ぼくは麻里のなか』4話から6話をイッキミ。

4話は、まさしく自慰行為でしかない自分を自分として繋げる為の他者との繋がりというあまりにも無頓着な部分に警鐘を鳴らす叫びの回であり、他者への投影が自己との離叛を呼ぶという、この作品の実態に迫る重要な回だと思った。

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5話は、孤独のゆるやかな連帯に生まれたささやかな愛はセックスへと歪に形を変貌させてゆく、その繋がりの脆弱性を暴いていたと思う。セブンティーンにおける環境・他者への愛憎、アイデンティティの喪失、いや分裂というかなしみを多人格で描くことで物語に分厚さが生まれているなあと。

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6話は、「繋がり」を描くこの作品の最もな根幹であろう「血の繋がり」について.重心を置いた回。帰る場所の無い青春のストレンジャーに一縷の兆しが見える回でもあった。人格の分裂と新たな人格の形成、はたまた記憶の消失などとかなり謎めいている部分まだまだありで、まだまだ楽しみ。

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そして、電影少女5話から6話まで見る。

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 どんどん面白くなってきててサイコーです。「アニメ制作」というクリエイティブな磁場に結びつくボーイミーツガールリベンジ!なにより、原作のクロスオーバー感が絶妙。30分未満の実写化に最善を尽くしながら、脚色は最良の選択!カップルを<装う>ことで浮かび上がらせる本物のこころ。

 

アニメは、恋は雨上がりのように5話。

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これは、流石に漫画に軍配!襖をなぞる自然光のなめらかなラインが少しチープに見えちゃったように思え…。生活空間にまで進行したあきらの想いがどんどん店長を侵食していく面白みは獲得!フェティッシュなシーンはアニメに軍配!

 

服はもう18-19AWに突入していて目まぐるしい。その中で

NeedlesのコレクションラインにUKの魂を感じて、目を奪われました。

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ゲームは、モンスターハンターワールドをポチポチとすすめてます。感動と興奮で、アバター制作に1時間くらいかけて要約付けた名前が「服役中の母」という奇々怪々ぶり。ストーリーは、陸珊瑚の台地あたりまでやりました。友人がHR70近くいっているらしいのですが、こちとら集会所の門さえくぐってないわい。ゆっくり楽しくしてます。「導蟲なにしとんじゃい!」が口癖。

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『人間学とは何か』を読み終える。

人間学とは何か (哲学教科書シリーズ)

人間学とは何か (哲学教科書シリーズ)

 

人間学とは、人間の自覚を基盤として成立する、人間の自己了解の知的表現に他ならない。人間学の部門は大きく二つに分かれる。第一に、経験科学とのリエゾンによって人間の存在構造を明らかにする部面。筆者はこの課題に対しては、ミニマム人間学という見地から、人間を「記号機能を営む動物」あるいは〈ホモ・シグニフィカンス〉と捉えることを提案した。この意味で、人間学はと記号論的探求と密接な関係を保つべきだし、記号論認知科学の分野に位置づけられるとすれば、当然ながら認知科学の研究動向につねに留意する必要がある。第二に、人間の生き方を人間の存在構造からいわば自然に導かれる倫理学(一種の自然主義倫理学)によって吟味し基礎づけることが人間学の課題となる。

 

 ここに至るまでの最低減にして最善の構成、極力に親密な文体と比喩に感謝。〈わたし〉の内的な実感と了解と信念と疑念。その反射性に振り動かされる他者と生きる人生。

 

人生の意味は何なのか、人生の目的は何であろうか。こうした問いがすでに「目的の呪い」の産物である。遊びはその外部に目的をもたないし、実際に遊ぶプロセスとは別に意味をなすわけでもない。「山登りの楽しみは頂上に達することではなく、途中の景観のすべてを楽しむことである」(シュリック)のように、人生も生きることそのことに意味がある。人生の眼目は、生きる目的ではなく、生きる過程そのものにある。

 

複雑に絡み合う人間の存在構造を緻密に、かつ慎重に捉えた入門書として素晴らしい一作でした。終わりに近づくに連れてエモーショナルを帯びていくのも胸打たれました。

 

ドラマ。

電影少女4話を観る。

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脚色がみるみる良くなっている!あくまでも(90年代)リバイバルである時代をちゃんと愛しつつ(現代の潮流を認識しつつ)恋と夢に疲れてヘロヘロな現代の若者の息遣いをそっと描いている。撮影もよくなっている。原作の小ネタをアップデートしているのもおもしろい。そして、村上淳の登場で一気にドラマが締まり出した。

 

ぼくは麻里のなか3話を観る。

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身体/表情・言語・心が入れ替わりと消失によって考察される「繋がり」にフォーカスを絞ったドラマの密度がギュッとなった今までで一番の回。目を合わせることすら、話すことすらなかった"筈の"、3人が緩やかに「繋がってしまう」。奇妙な連帯を映し出したあのシーンがその濃厚で、めちゃくちゃ人生の豊かさと不可思議が濃縮されている。繰り返すけれど、身体/表情・言語・心が入れ替わりと消失しても尚だからこそ、おもしろいのであります。

 

漫画。

押見修造繋がりで偶然にも『血の轍』2巻を読む。

血の轍(2) (ビッグコミックス)
 

 圧巻。モノクロームの狂気がすごいところまで到達している。ゾクゾクとかいう生半可の形容詞では足りない。日常のディティール、たとえばセミの声や甲子園のアナウンスが異物として物語を変容させていくその間違いのない描写も見事としか言う他ない。押見修造のこの挑戦はすごいところまで行ってしまうのでは...。このまま、道連れされるしかありません。

 

アニメ。

恋は雨上がりのように4話を観る。

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 店長とあきらのデート回。橋の舗装の境界線、改札口の点字ブロックの境界線があきらと店長の壁となる年齢の差、または、ジェンダーを線引きとして象徴しながら、あきらはそれを飛び越えていくことを夢想する。無表情な彼女にとって、足が表情を司っているからして、この演出はすごく切なく感動的でした。

本作、あきらの一人称視点の作品として見るのが普通だけれど、3〜4話にかけての店長の視点からの物語がなによりも重要ですよね。砂糖が落とされたそこに見る波紋と円環。記憶と現在。青春時代を夢想しながら、景色は雨から風へ。この作品のメルマークは、単純に「雨宿りの停滞から、水溜りを飛び越える」ことで...。いつかは店長は、ゾンビのようにとはいわず"甦る"んでしょうか。

にしてもOPのノスタルジックレインフォールが、衒いのない純度100%なアニメソングでバチボコに好きだ。カラフルなアニメーションにピッタリなサウンドメイキングだと気づく。漫画では無くアニメに添える音。間違いありません。

 

音楽。

 マスタードで紹介されてたグライディックを購入し、可視的な〈コード〉のある世界から離脱し、身体の新たなる自由を手にしました。完全ワイヤレス、マジで最高で、今まで何故買わなかったのかという幾数年に嘆いた。

音質には期待してなかったので、まあこんなもんだろうという感じ。

とはいえ、音楽を聴くストレスが緩和されたお陰で、ずっと音楽を聴いていた。

特には、どのフィジカルを買おうかという面持ちで先週に引き続き、ドリーミンでロマンチックなザ・インディーポップのLuby SparksのデビューALを聴いたり、Ty Segallが過ぎるTy Segallの新譜を聴いたり、聴けば聴くほどよいDream WifeとStarcrawlerを聴き回した。

 

他にはJPEGMAFIA。2017年に疎いので、このアーティスト名義、ヤバすぎだなという衝撃。その手があったか。という感じだ。グリッチ・プロセッサなトラックはD/P/Iとか好きなひとたちにも響いてるんだろう。まだ通しで1回しか聴いてないけど、余裕でめちゃくちゃ格好良いので、カセットで欲しい..。

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あと、今更テンパレイのフロム・ジャパン2にハマるなどした。

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キャッチーでアイロニカルで、B級な感じがほんとツボ。

 

お笑い。

ラニチョビの公開。面白過ぎるの一言に尽きます。永遠に終わらないでくれ台湾・タイマン・ツアー...。と思う程に、この3人の掛け合いが堪らないです。次回最終回を見届け、霜降り明星との間違いなく面白くなるコラボ回を待つばかりです。



服。

HI-TEC HTS74のこのカラーが欲しすぎてのたうちまわっている

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あとはALLEGEの18SSが17AWに引き続いて最高を維持。

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ルックを見てると春が、季節の移ろいが楽しみになるなあ。

 

最後は神がかり的なツインテールのまつきりなちゃんで。一緒に料理したい女子ランキング最大瞬間風速で1位じゃ。